ものわすれブログ

新しい試み(5)少し新しい挑戦を

05/05/2019

 新しい元号になって5日目、京都は夏のようです。今日は診療所には行きましたがカルテを見てチェックするだけの「オフ」の日です~。

 

 ボクには15歳のころから続けている趣味があって、それは油絵を描くことです。1978年ごろから古来の油絵具ではなくて、アクリル絵の具を使うようになりました。かつては油絵具に歯科技工に使う石膏を混ぜたりしたのですが、当時、油絵具は乾きが悪い上に「におい」がしてボクの部屋だけではなく、家じゅうが「油くっせ~」状態になっていました。

 

 それを避けるため匂わないアクリルで描いています。正式な勉強をした経験はなく、こころが訴えてくるままに書いてきた作品が20点ほどになりました。「たった20点?」と思うでしょうが、実は一つの作品を書くのに20年ほど時間がかかっていたりして、下手なうえに時間がかかります。

 ホームページの職員写真の背景に移っている「赤いタコ坊主」のような大きな絵だけは1週間で描き上げました。あの時は忘れもしない休学の時でしたから。病気がわかる直前にバリ島に家族で出かけ、かの地の文化に触れて一気に描き上げたのですが、そこでエネルギーを使い果たしたのか、その後、腎炎を起こして休学になり、こうして今、医者になるきっかけになった大事件の時の作品です。

 今回UPした絵も1994年から描き続け、今でも完成していません。どちらも「胎児?」と気づかれたでしょうか。ボクの絵のモチーフの大きなもののひとつが胎児なのです。新しい試みとしていつか個展でもできればいいなと思っています。

 

 以前にも書いたように認知症(若年性も含めて)領域の医者をしていると、「治療をしている医者とは言えない」とよく言われますが、胎児をモチーフにして絵を描き続けてきたのは、ボクが若いころから「人間は生まれた時から、死に向かって精一杯生きる」という生物の宿命を感じていたからかもしれません。それだけに、目の前の死や病気には打ち勝つことができなくても、次の世代に向けた努力を「生き続ける」ことが大切だと感じています。

 今は完治しない病気、その病名を告知されれば絶望するような病気と向き合っていたとしても、われわれ人間には自分がどう生きるか主体性を持ち続けることができます。医者はその病気や症状に対して、できるだけの治療をおこないますが、主体を持って生きることこそ、その人が持つ意思決定という、人間が持つ最大の権利です。

 

 この文章を書いていたさなかに、遠方の患者さんが亡くなったとの知らせをもらいました。ボクがもっと頻繁に診てあげていればよかったと、後悔は尽きません。でも、一生懸命に入居者をケアしてくれるそのホームで看取られたことは、その人にとって幸せでした。特に認知症が進行して意思決定がしづらくなっていたその人の生活を守り、旅立つまで寄り添ったのですから、その人を代弁して権利を守ってあげたことと同義です。担当したケア職のみなさんにこころから感謝したいと思います。

 

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