2017年4月から朝日新聞デジタル版・アピタルで

「認知症と生きるには」というコラムを執筆中です。

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

​朝日新聞(デジタル版)お知らせ

ブログ
Blogs

コロナ禍の忌避 ケア職へのエール

3日前、午後の診療を終えて京都の自宅に戻ろうと駅に向かっていた時のことでした。先代から(内科医だった)母の患者さんとして来院されていた人の娘さんで、ボクもよく知っている人と出会ったとき、ちらっとボクを見たその人は90度方向を変えてボクと出合わないように行ってしまいました。 大阪の病院でもコロナ禍が始まってから、患者さんを受け入れる病院の前にあるバス停で、看護師が乗ろうとしたところ、「コロナがうつるから乗るな」と乗客が叫びました。 「差別だ!」「けしからん!」と怒る人もいるかもしれませんが、無理ない面もあります。今回の敵は大災害や他国からの侵略よりも手ごわい相手です。だって見えずにいつの間にか感染する恐怖ですから。ワクチンや治療が確立した後には「あんな時代もあった」と言えることでも、今のわれわれには「最も親しい人が、自分の脅威になるのではないか」という恐怖があり、その恐れこそ、「自分とは別の世界のことであってほしい」という誰にも共通するこころの反応を引き出し、結果として差別的な言動につながります。弱い人ほど敵意を見せますが、究極の状況ですから、ね。 感染を防ぐために各県の知事が「わが県に来ないでくれ」とテレビで訴えるほど、ひとのこころが疑心暗鬼になっている今、どうにも止められない「流れ」ができてしまいました。 昨日もグループホームをしている友人から「職員の家族が感染を恐れて、仕事をやめるように言いはじめた」という悲鳴のメールが来ていました。家族からすれば、介護職・医療職あるいは行政などに携わっている大切なひとに、「危険だからやめて帰ってきなさい」と言いたい気持ちはわかります。しか

ブログ:コロナ下の感謝!

世界で広がるコロナ感染、今回のパニックは当初、軽く考えていた人類が恐怖にとらわれた結果、周囲の人がすべて感染源ではないかと疑い、人とのつながりを絶たなければならなくなったために起きているこころの恐慌です。 患者さんも「郊外から大阪の診療所に来るのが怖い」と電話対応になる人も増えました。 怖いのはあたりまえ。 あなたは「心配し過ぎ」なのではありません。 見えない相手が、健康そうに見える人と共にウイルスを運ぶのですから、怖くて当然です。 外出を80%避けるとしても、ボクにはどうしてもしなければならないことがあります。診療所への通勤、妻の食事の買い出し。家事を担当する人は皆同じですよね。 できるだけ時間を短くして人と会わないように‥‥。 最前線で感染症と向き合っている先生、看護職の皆さん、コメディカルの努力や献身には頭が下がります。忘れてならないのは介護や福祉に携わっている人々です。感染の恐怖に向き合いながら、それでも人を支えているホームヘルパー、介護福祉士、訪問介護や行政のみなさん。 そしてボクらの生活を支えてくれている朝の駅員さん、デパートやスーパーの従業員のみなさんに。 今日も京都のデパ地下のお総菜売り場の人が、「私らも感染が怖いけど、みんなの生活を支えているから」って。ありがとう、本当にありがとう。 介護しているボクらのような立場の者、ひとりで不安と向き合いながら、日々の食事を買い出す人々にとって、あなたの存在は何よりも大きな力です。出会いの短い時間にも、微笑みが得られますように。 ソーシャルディスタンスをとるために、人との距離を開けていても、それは人とこころの距離をとること

ブログ(127回)私たちの覚悟

感染が拡大している大阪市内で医療機関をしている者として、昨今の感染の広がりは驚きを隠せません。日本の宝、志村けんさんを失って国民の意識も変わりつつありますが、感染爆発まで残された時間はありません。 今朝、大阪に向かう始発の急行(ガラガラなので感染を少しでも防ぐ目的で利用します)に乗り、ピアノ音楽を聴いていて思い出したことがありました。若いころに聴いていたベトナム出身のピアニスト、ダン・タイ・ソンはかつて北ベトナムへの空爆のさなか、空爆下でピアノを弾いていたと聞き、その勇気と音楽の力に感動しました。さらに、いつも引用するユダヤ人医師のビクトール・フランクルは、いつガス室送りになるかわからない日々を過ごす中でも、夕焼けの美しさに魅了された人々の体験を感動的に残しています。この逸話も私の人生に大きな影響を与えてくれました。 しかしそれらの話に感動している自分が、これまで何一つ侵されることがない安全な環境で、気軽に飲み物を片手に音楽を聴きながら感動していただけだとすれば、なんと気楽なことだったのでしょうか。考えてみれば私はこれまで本当の危機を経験したことがありません。阪神淡路大震災の時も支援にまわる側でした。それ以降、ニューヨークのテロも東日本大震災のときも含め、自分の人生では常に困った私を助けてくれる人がいて、知らず知らずのうちに助けられてきたことを、今回の危機が再認識させてくれました。 医師としてもそうです。妻の介護があって大阪市の精神科救急体制にも十分に参加できず、今回のコロナウイルスでこれほど医師不足が問題になっていても、自分の力のなさからできることに限りがあるため、忸怩(じく