2017年4月から朝日新聞デジタル版・アピタルで

「認知症と生きるには」というコラムを執筆中です。

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コロナ禍:6月の決意

いくつかのクラスターが街中に残り、東京には緊急事態宣言を再び発出しなければいけないかと思っている昨今ですが、6月2日、朝5時20分過ぎ、京都の河原町丸太町あたりを駅に向かっていると、店の前に張り出した紙が目に飛び込んできました。「6月で店を閉じました。これまでありがとうございました」 京都の飲食店は古くからある有名な料亭でも、持ち帰りの弁当を販売しコロナの影響に耐えてきました。それでも持ちこたえられないところも少なくないのでしょう。その店をボクは古くから知っていただけに、複雑な気持ちになりました。 前から歩いてくる人がマスクをしているために表情が見えません。相手が近づいてくると「コロナが伝染しないか」と不安になり、相手との距離ばかり取る人も目につきます。 「大変な時代になったな」と思う反面、医者としてのボクにはコロナ禍で新たな役割ができました。子どもたちも大きくなり、妻の介護も7年を前にして、「そろそろゆっくりと診療を…」などと考えたこともありましたが、この事態ではそんなこと、とんでもありません。 1:認知症当事者が持つ不安や恐怖と向き合うとき、その人と共にいる役割 2:コロナ禍のために「自分が感染したらケアが行き詰まる!」と思い詰めている家族の相談を受ける役割 3:重度化したにもかかわらず地域で生活している認知症の当事者が、自粛のこともわからずに地域にとって危険な存在になることを防ぐ役割、など枚挙にいとまがありません。 ちょっと考えただけで、ものわすれ担当医として自分がやるべきことは、この先、山のように控えています。今は自分たちのことで精いっぱいな私たちですが、少し、恐怖の連