ものわすれブログ

日々のこと(10)ボクの発散

03/15/2017

 前回(昨日)の投稿で自分の気持ちを書いたら、ボクの個人的なメールアドレスを知っている全国の友人から8通のメールが来てびっくりしました。あれ、ちょっと悲壮に読めるように書きすぎましたか。何人かの研究者仲間、臨床医、心理の先生、そして誰よりも「認知症の人と家族の会」の友人が「お前、大丈夫か」って。

 反応の多さとみなさんの暖かい言葉に胸が熱くなりました。一人だけ古くからの友人が「この世にケリをつけるなら、オレの口座に全財産を振り込め」というブラックジョークをくれましたが。

 ちょうど昨日、年度替わりから朝日新聞デジタルの(アピタル)で「認知症とともに生きる」というコラムを書くことになったのですが、早く書き終えたので、前回のブログを補足することにしました。

 

 介護の事や認知症の支援をしてブログを書くと、日々、さぞ真摯に人生に向き合っているか、というメッセージを投げかけてしまいますが、この3年弱の介護でボクは今の自分なりの発散法を考えてきました。

 

 大変残念ながらこれまでの活動の3本の矢のひとつである講演会や講義は減らさざるを得ませんでした。2010年ごろまでま全国を年間100回程度、講演していました。前にも書いたように、診察と講演と執筆が自分にとって(広い意味での)臨床だと考えてきたからです。さすがに遠くには行けません。大阪から北海道の中標津に行き一泊して帰る、という講演は、妻の夕食時にボクがいなければならないという究極のわがままを聞き入れてアウトです。それでも5月には日帰りで沖縄のシンポジウムです。関西はらくらく行けます(笑)。診療だけではない「非日常」の世界はなくさずにいたいと思ってね。

 

 今でも夕刻までに帰ることを条件に全国を巡り(近場も入れて年に40講演程度)、札幌の次の週の苫小牧(北海道ばかり続いていますが)で2075回目の講演です。25年間の積み重ねはこれからもやめずに続け、そこで介護者の皆さんや、かの地を支えてきた医師や歯科医師会の先生方、そして福祉・介護の皆さんとお会いできることで、ボクは自分の介護は「行き詰まらない」と思います。講演に来てくださった皆さんと認知症のこと、ケアのこと、そして自分の今をボクは吐露しています。会場の共感こそボクを支えてくれる大きな力です。

 

 そして年度替わりで3年目に入る「ラジオ大阪」の名パーソナリティー原田年晴さんに、ボクは介護で最も先が見えない闇から救ってもらいました。「ほんまもん、原田年晴です」のコーナーに出させてもらい、原田さんをはじめプロデューサーの手島さん、宮下さん、そして原田さんのアシスタントをしてきた玉川さんからも大きな力をもらうことができました。

 原田さんが偶然、ある認知症フォーラムに来ておられた時に講演者として出会い、ラジオ大阪に呼んでいただいたのがきっかけです。番組のほんの7~8分のコーナーですが、この場を通してボクは自分の介護を語り、介護者にエールを送ることで、自分が孤立した介護者になっていない実感を持つことができます。ボクはこの出会いを「ラジオ大阪の救い」と呼んで、全霊を込めて務めさせてもらっています。

 

 趣味はどうしてるの?と最後に聞かれそうなので、告白しておきます。趣味はできなくなりました。京都の自宅も大阪の診療所(旧実家)も京都コンサートホール、大阪フェスティバルホールから電車に乗ると20分程度で行けますが、夜に開催されることが多いクラシックのコンサートには行けなくなり、できるだけ昼間の公演を求めています。

 もう一つの趣味(すみません)はニューヨーク日系人会をはじめ諸外国や大学院で講演・講義させもらうことでした。ボクの下手な英語でも許してもらって何年か続けましたが、これは今のところ、おあずけ状態です。妻が安定して以前のように外国に出られる日を待ち望みながら、ボクの日々が続いています。

 

 

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