診療所移転 旭区への感謝!
父が急逝して大学病院の大学院(精神科)に籍を残したまま大阪の診療所に戻り、役所への診療手続きが終わったとたんに、何人か区役所の方がボクに当時の旭保健所(メンタル相談医)を依頼してこられました。30年近く前のことです。何かのお役にたてるかと思って引き受けて以来、15年に及ぶ保健所・保健センターのみなさんとの関係が始まり、数年前に大阪市の認知症関係の嘱託医を辞するまで四半世紀近く、役所の皆さんとの連携は続きました。
妻の介護のためにその立場を退きましたが、コロナ禍になって市町村の集団接種に協力する形で旭区民センターに赴き、会場での問診を担当することで再び「地域」に目を向けることができて誰よりも感激したのはボク自身だったかもしれません。
今日は2回目の「観察担当医」の日でした。集団接種会場ではまず予診がおこなわれ、その後、医師による問診、そして医師や看護師によるワクチン接種、そして15分から30分の経過観察をして帰っていただくのですが、最後の観察の時にアナフィラキシーショックや緊張のあまりに自律神経が乱れて椅子から立ち上がった途端に気分が悪くなり倒れることがあり、観察係の医師と看護師が対応することになっています。5月末から15回目の出務ですが、今日も何事もなく無事に終えることができました。この後、ボクは23日(金 オリンピックの開催日で祝日)と31日(土)午後に出務することになっています。大阪市では今後ワクチンの供給が減るため、8月1日で旭区は集団接種会場を閉鎖する事態になりました。(その後、7月30日になってアストラゼネカのワクチンを使う案も出てきました。常に情報をチェックしてくださいね)
各医療機関で接種の予約(これを個別接種と言います)をしていた人も医療機関からキャンセルの連絡が入って混乱した人もおられるかと思います。ボクのクリニックでは(看護師がいないこともあり)個別接種は行わず、地域の医師会や行政に協力する形で集団接種に出務することにしていましたからキャンセル混乱はありませんでしたが、突然、ワクチンの供給が減らされて混乱したのは個別接種を約束していた市民と医療機関のみなさんでした。
でもね、ここでみなさんに伝えたいのは長い時間をかけて会場の設営から医師会との連絡をしてくれた旭区役所のみなさんの努力のことです。区長さんとも何度もお話ししましたが、いつも会場に来て住民の流れと接種ラインの調整をし、どうすれば効率よく、しかもミスせずに接種がスムーズにいくかを考えてくれました。昔から知り合いの区役所課長さんも責任者になり、また今回新たに知り合いになった職員さんたちも、この高齢者の多い大阪市旭区で一刻も早く高齢の希望者に接種ができるように準備してくれました。国が言うようにどんどん接種を広げて感染者の蔓延を食い止めるはずだったのに、やっと軌道に乗りかけた時にワクチンが足りないからとワクチンが減らされるとは‥‥残念です。
でも、ボク自身は妻の介護生活で久しく忘れかけていた仲間との連帯や、公共に役立つことを医師会の先生や役所のみなさん、会場スタッフと共有できたことで、久しぶりにこころが沸き立つ思いを経験しました。うちの新しい診療所は11月に森小路に出来上がる予定です。70周年を機にコロナ時代にもマッチする診療所を作ろうと決意しましたが、このタイミングで地域との連携ができたことは、本当に忘れがたく感謝すべき経験でした。来るべき診療所はこの経験を生かして地域に貢献できるものにしたいと今回のワクチン接種でこころに誓いました。
集団接種は終わりますが、各医療機関での個別接種はいずれ再開します。反撃はいよいよこれからです!大規模接種も続き職域接種も再開するでしょう。ワクチン不足はこれからも続くと思いますが、それでも少しずつ光が見えるようにこの先もみんなで連帯していきましょう。
私たちはどこにも怒りを向けず、しかししっかりとできる限りのことを成し遂げて、この国を将来にわたって支えるはずの世代を守らなければなりません。苦しくてもあきらめず、諦観を袖に隠しながらでも笑いあい、涙を力に変えるべく協力する時は、今なのです。
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