これからも(3)薬物依存のこと
今はもう診察していないのでブログに書いて良いのかどうか迷いますが、かつて精神科医局にいた30年近く前のこと、何人もの薬物依存の人の担当になりました。昨今もテレビで薬物乱用によって逮捕されたニュースを見るたびに、思い出がよみがえってきます。
認知症を専門にしている今でも、かつて薬物依存を担当していた頃も、いつも他科に進んだ友から言われるのが、(前にも書きましたが)「先生は何で治らない病気の担当医になりたがるの?」という質問でした。アルコール、薬物依存や認知症など、嘘のように治ることはないけれど、その人が時間をかけて治そうとする人とともに、病気と向き合っている人を担当することに人生をかけるのがボクの役割だからです。
病院の精神科医として薬物依存にかかわらせていただいた時もそうでした。最近、芸能界の人びとやスポーツ選手の薬物乱用、逮捕といったニュースが何度もありますが、そのたびに思い出すのは覚せい剤の乱用で担当することになったある男性の思い出です。
20歳ごろに知り合いに誘われ、当時、建築関係の仕事をしていた彼は「疲れがとれる薬があるなら試してみたい」と、ほんの軽い気持ちから覚せい剤を使ってしまいました。それから数年、覚せい剤をやめようとして外来を受診した彼は、何度も自身の気持ちとはうらはらに妄想が出て「親しい人に襲われるのではないか」といった恐怖が頭をよぎり、それから逃れるために暴力をふるうようになってしまいました。
その後、何年も経ってボクが「ものわすれ外来」をし始めた診療所にやって来た彼は、もう何年も覚せい剤とは縁を切っていたのですが、それにもかかわらず「先生、おれ、家族に殺される」と訴えてきて再入院になりました。フラッシュバックが起きたのです。
そんなときに力になれるのが「仲間の力」です。治療というよりも、精神科リハビリテーションの領域ですが、同じ体験をした人々が、自分の経験を語り、薬物に抗おうとする意志を仲間と共に続けていく、自助グループの働きこそ、その人を支えます。
「自分一人では無力だ。でも同じ体験をした仲間がいるから、自分も今日一日を薬なしで頑張て行くぞ」こうしてお互いの支え合いがあれば、生きていくことができます。かれもそうして今日一日を生きつづけ、それから20年が経とうとしています。
薬物乱用は犯罪です。絶対に許されないということを自覚したうえで、それでも罪を犯しても再生する人生は送れます。ボクはもう覚せい剤を診る医者ではなくなったけれど、何度も薬から逃れられなくて自分をなさけなく思っている人がいれば、あなたは一人ではないとぜひ、言ってあげたい。つらくても苦しくても、そして何度失敗しても、あなたが人生に絶望することなく生きて行けるように、私たち社会全体の「まなざし」が今こそ問われています。