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ものわすれブログ

生きる場所(3)街中の青春、続けるぞ!


 この文章を書き始めた2016年の年末には、確か妻を就寝させた後に文章を書いていたと思います。2017年末には12月31日から32日にかけて、と題して介護職や新年のお客さんを迎える立場の人とボクも一緒だな~と思うほど、普通の日と同じ年末年始が妻の安定には必要でした。

 今年は驚くほど変わりました。妻が京都に戻ってから安定してくれたおかげで、年末には年越しそばをちゃんと食べました。

これからは診療をこれまでどおりに守りながら、妻の生活を支えて歳を重ねていくのだと思います‥‥‥、

なんて嘘うそ、思ってなどいません(笑)。そんな人生、とんでもない。穏やかに成熟した静かな日々など全く考えられません。

 もとより自分は臨床家であると覚悟を決め、研究者よりも市井の開業医を目指してきたのは、臨床で得た貴重なデータをもとに、研究としても何らかの声を発したいと思ったからでした。大学院を終えるときに「臨床例を2000例集めたい」となどと偉そうなことを言った覚えがありますが、昨年末に集計すると既に7800人の認知症の当事者、家族の人たちと人生を送ってきました。此処こそボクの生きる場所。その経過を見たデータから(妻が落ち着いてくれたのを良いことに)12月25日の〆切に間に合うように日本認知症ケア学会の一般演題に申し込みました。認められれば5月25日、26日の京都大会で発表するぞ(審査でだめだったら仕方ないけど…)!!

 思い返せば妻の介護を始めてから5年弱、全く研究発表ができませんでした。いくつかの学会や研究会から依頼された論文、共同執筆や単著(介護のことですが)も書きましたが、何と5年弱も自らの研究を発表することはなく過ごしてしまいました。

 もし許されるならこの5月から10年~20年ほど毎年、これまでの27年+アルファの認知症診療で得たデータ(個人情報の守秘を最優先しつつ)を発表することで、ひとりの臨床医として何らかのことを言いたいと思っています。松本診療所が創立100周年を迎えるにはまだ32年ありボクの歳が持たないでしょうが、50年ほどのデータから人生をかけた論文が書けるかもしれません。今年の初めに‥‥、自分の中でもう少しロックンロールしなければ納得が行かないようです。

 東京オリンピックは前回と比較にならないほどパラリンピックと一体し、これからの世の中ではさまざまな形の「競技」があたりまえに。大阪の万博に至っては「いのち輝く未来社会のデザイン」です。これから人類が迎える世界が、誰にとっても「いのち輝く」場所になることを示せるように、大阪万博に認知症への「希望」を与えるパビリオンができてもおかしくありません。そこに何が見えるのか、認知症がわれわれに与える意味は何なのか、新しい時代に向かって考えてみたいと思っています(でかいことを書きましたが、しらふですョ)。


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