2017年4月から朝日新聞デジタル版・アピタルで

「認知症と生きるには」というコラムを執筆中です。

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

​朝日新聞(デジタル版)お知らせ

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11/30/2016

 今朝も5時半に起きました。いつもそうです。診療所の上階にいるようになって、妻の朝食の準備が終われば、その後は診療室に下りて書類書きが待っているからです。紹介された患者さんの返事を医療機関に書き、介護保険の主治医意見書も毎日2~3枚、医療機関や介護施設への情報提供書も合わせると5~6枚は書く日々です。

 朝の診療が始まる...

11/20/2016

 自分が妻の母親の介護家族として過ごした27年、母の末期がんに付き合いながら、彼女の人生を全うすることに協力した3年半(その時にはすでに妻は体調を崩して介護者として協力できませんでした)、そして妻を介護する2年半、先日も妻の夕食の買い出しのために午後の診療を終えて商店街に買い出しに行く途中に出会った幼馴染が「一生も大変...

11/10/2016

 今日で60歳になりました。若い時には、還暦になった自分はもっと大人でしっかりとした考えのもとに人生を生きているはずだと思っていましたが、何と人の気持ちは変わることなくフラフラとしているのでしょうか。こう思うのはボクだけでしょうか。そう思うのはボクがまだ青春の迷いの中にいるからなのでしょうか。それもいいかもしれません。...

10/29/2016

 1964年の東京オリンピックの時は小学生でした。大阪の万博の時には中学2年生、自分が介護者として次のオリンピックの時には老年に近づくとは考えもしませんでした。

 開業医になった年、行政からの依頼を受けて保健所(今は保健福祉センター)の嘱託医になり、たくさんの人を地域担当の保健師さんと巡りました。経験も浅い精神科医でした...

10/19/2016

 この言葉はボクの「座右の銘」です。ユダヤ人精神科医のフランクルが残した言葉で、人は皆、それぞれの存在だけでこんなにも価値があると、強制収容所における究極の絶望の中で見出した言葉でもあります。

  不治の病に侵された人々や認知症という慢性で治ることが難しい病気の場合、それだけで絶望的になることもあります。でも、常に希望が...

10/10/2016

 今回は認知症の人自身が自らのものわすれに気づいていないときに、家族の気持ちをどうやって支えるかについて考えたいと思います。ある程度に認知症の症状が出ているにもかかわらず、「自分は病気などではない」と医療機関受診を拒む場合、家族は途方にくれます。「早く受診して治ってもらわなければ、どんどん悪くなる」と、家族の気持ちが焦...

09/30/2016

 認知症とひとくくりに言われても、いくつもの種類があります。アルツハイマー型にはそれの、血管性にはその特徴があり千差万別です。しかも大きく分けると認知症の自分に気づいている人と、気づかない人がいるのも大切なポイントです。ずっと自覚しない人もいれば、通院が長くなるにつれて自覚が進んでくる人もいますから、自覚(病識)の有無...

09/20/2016

 「今日、初診で来られたあの人は緊張していたな」と思うことがよくあります。当たり前でしょうね、初めて医者にかかるときには誰だって緊張しますから。認知症とひとくくりで言われても様々な形のものがあるのは、みなさんも聞かれたことがあるでしょう。例えばアルツハイマー型ならどういった特徴があるか、血管性認知症はどう異なるのか、な...

09/15/2016

 精神科医として認知症の人や家族と寄りそいたいと願い臨床を続けてきましたが、いつも3つの役割を考えています。第1の最も大切な役割は日々の診療です。開業医として何よりも毎日の現場での診療が大切です。次に大学や大学院での講義と各地域での講演で、第2の臨床と考えています。診療室では限られた人の診療しかできませんが、講演などを...

09/09/2016

 妻が母親を見送った時、ちょっと気になる発言をしました。「やっと終わった」という一言です。「マズいな」って思いました。27年にわたる介護者から解放されたとき、あまりにも一気に解き放たれると、体の不調が表面化するのは精神科医のボクにはわかること。それが2013年でした。札幌の講演から帰る途中で妻が(自宅のある京都で)発作...

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