ボクのこだわり、ふたたび(6)エスカレータ
今年も8月6日がきました。広島、長崎、そして敗戦と、若い人々にとっては楽しい夏も、亡くなった両親の世代には「また、哀しみの夏が来た」といつも言っていた記憶があります。二人とも大阪の京橋の大空襲や戦後の大阪駅にあふれた身寄りのない子供、帰還する元兵隊に対する学生(援助)運動などに関係していたことを思い出しました。。
今回のこだわりはエスカレータについて。このテーマを聞いただけで「あ~、この話ね」とピンとくる人は、今回のブログはパスしてください。冒頭の内容とは全く違って軽~い内容です。
大阪ではエスカレータに乗る場合、右側に立って乗る人と、左側を歩く人、という暗黙の了解ができています。ご存知の方も多いかと思いますが、大阪万博のころ、梅田駅でたしか「歩く人は左、とまる人は右」ってやっていたような記憶があります。
それが大阪、神戸(?)以外では右側の人が歩き、左側の人が止まります。今日のつぶやきは、ふたたび京都に京都に戻ったボクが驚いたのが、この左右の立ち位置が大阪の診療所で妻の介護をしていた間にかなり変わったことなのです。それ以前は京都ではかたくななほど左で止まり、右側通行でしたが、戻ってみると河原町の高島屋などは右側のいと待っている人が何と多いことか。大阪と京都のつながる阪急電車のターミナルなので、そういうことになるのか、と思っていると、別の日には何人かが左に止まり、右を歩く人もいます。
「こ、これは京都人のアイデンティティーの崩壊か」と大げさに考えていると、どうもそうではないようです。前の人が右に立っていると後に続く人は右に続いて立ち、左に立っていると後の人も追随するという、いかにも京都らしき所作なのではないかと気づきました。
大阪では(ボクも生粋の大阪人ですが)過日、講演のあと関西国際空港にもどり、長いエスカレータに乗っていると、前に乗った中高齢のおばちゃんがふたり、大声で「あのひと、エスカレータの左で止まっているやん、止まるのは右にきまっているやん、気持ち悪いわ~」と大声で叫んでいて、生息地による進化の多様性を見せつけられた気がしました。
今では大キャンペーンが展開されていますが、エスカレータは左右両側に2列で立って乗るのが安全です。どちらかを歩こうとした人に、立っている人がぶつかられて転倒、落下した場面を見たことがあるボクとしてはゆっくりエスカレータぐらい、立ち止まって乗りたいですからね。