ものわすれブログ

出合ったひと(8)勇気ある人の死

06/01/2018

 ブログの更新ができませんでした(モーリス・カーシュさんの事は書いたけど)。

 

 書けなかった理由は5月中頃から28日にかけて、ボクのライフワークの一つであった、看取りの医療していたからです。

 内科や外科の先生が「在宅療養支援診療所」の制度のもと、積極的に訪問診療をしてくれる体制ができたために、ボクは看取りの医療から身を引きましたが、かつて内科医の母といっしょに257人の在宅での看取りをおこないました。

 ここ数年のブランクがボクにはあったけれど、誰も看取りをしてくれなかった時代から、自分のライフワークだと思ってきたのが認知症の人の看取りでした。彼を見送らないわけはありません。258人目の人でした。

 

 担当したのはボクと同い年で、脳が萎縮する男性です。彼とは会ったその日から気が合って(同い年ということもあったのでしょう)、ずいぶん話をしました。彼がそれまでの医療機関では話せなかった悩みや、病気に向かうときの心構え、そして熱心に介護してくれる奥さんへの感謝、そして子どもたちへの愛情と、彼らを置いていく不安をボクに話してくれました。

 

 そんな彼の病気が少しずつ進行して、やがてグループホームへの入居、特別養護老人ホームへの入所が決まりました。彼は若くて特養への入所には抵抗があったかもしれませんが、そのホームにはボクが担当していた患者さんがたくさん入居していて、彼にも奥さんにも安定してもらいたかったため、あえてそこに入居してもらうことになりました。

 

 ここしばらくは誤嚥との闘いでした。食べたもののおよそ30%は器官に入っていたかもしれません。それでも体力がカバーして誤嚥性肺炎の発熱につながることもなく、彼は安定した生活を送っていました。しかし体力の低下と共に少しずつ熱を出すようになり、いよいよこの5月には呼吸がしにくくなってきました。当初から延命治療はご本人が拒否していましたので、もちろん延命治療は行いません。しかし苦痛だけはないように。

 

 ずいぶん彼は耐えてくれました。悔しかったでしょう。治らない体を支えながら、つらい日々を過ごしたかもしれません。だけど、その彼を支え続けたのは、彼の妻、子どもたち、勇気ある人びとでした。

 決して否定的になることなく、彼の行く先にいつも希望の灯をともしながら、気丈にふるまう彼女らの姿に接するたびに、ボクは無力な医者である自分を嘆きながら、それでも決して生きることを諦めない彼の人生と向き合うことができました。

 

 そして特別養護老人ホームの看護師さん、在宅の時から相談に乗ってくれた訪問看護師さん。彼女達がいたからこそ、彼は人生を全うすることができました。いくつもの困難に向き合いながら、それでも希望の光を絶やすことがなかった看護師の姿は、見送るための医療を数年ぶりにしているボクのこころも支え続けてくれました。

 

 彼の最期の瞬間には間に合いました。別件の往診を終えて駆けつけたボクを待っていてくれたかのように、その後、彼はゆっくりと呼吸を止めました。

 奥さんと父親思いの娘さんたちに見守られながら、彼は立派に人生を終えました。決して病気に負けたのではなく、彼は人生を全うしたのだと、ボクはその時、娘さんたちと出合えた時に確信しました。彼は人生を通してこんなに素晴らしく愛にあふれた子供たちに命をバトンタッチしたのだと。

 ありがとう、ありがとう、あなたの人生はボクに生きることの大切さを教えてくれました。勇気あるあなたの人生がボクに新たな希望を残してくれました。

 

(個人情報の保護と彼のご家族のプライバシー保護の観点から、いくつかの点では個人の特定ができないように配慮しました。)

 

 

 

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