ボクのこだわり(2)関与しながらの観察
西暦2000年、世間では「コンピュータが止まる」とか「新しい時代が来る」といった新世紀への不安や期待があったころ、新聞の小さな記事で「今度、日本認知症(当時は旧病名)ケア学会という学会ができる。介護職や看護、医師が連携していく学会である」という内容を読んで、「これだ!」と思い参加しました。会員番号88番、ボクのこころの支柱です。
何とか医者になった翌年に父が理事長であった医療法人を継いだあと、2つの決心をしていました。ひとつは、かつて自分が歯科医師の頃に認知症や寝たきりの人の口腔ケアをしようと思っていたにもかかわらず、当時は理解されず医学部に入りなおした思いがあったため、医者になった当初から介護が大切だと思い続けていたこと。その結果、1993年(平成5年)から老人デイケアを診療所に作り、ケアと共に医療を展開してきました。
今一つは糖尿病で急逝した父(歯科医)を失った内科医の母が、この先の人生の意味を持てるように新しい目標を定めること、それが老人デイケアでした。周囲の理解もないころのことです。「精神科医の息子が診療所を継いだと思うと、早速、高齢者が運動したり言葉の訓練をする場所を作って、何がしたいのだろう」と、かつての知人も思ったようでした。
でも、当時として新しい試みでしたので、いろいろなところから「ノウハウを知りたい」と言って見学に来てくれる人が後を絶たず、ずいぶんと忙しい思いをした懐かしく(楽しい)記憶があります。
そして介護h権が始まる2000年、介護保険でデイサービスができることで、ボクは「自分の使命を一つ介護に託した」と思いました。老人デイケアをやめ、その後は専門医に徹し、デイの試みは新しくできてくる「介護サービス」に任せて、自分は「これまでの経験を持って介護職と協力する診療に徹したい」と思いました。
日々の臨床もその線に沿って、いつも介護家族や介護職から聞かせてもらう本人の生活状況から、その後の治療方針を決めていきます。そのための大切なパートナーが介護職であるという思い、これが自分の中で変わることはありません。
精神医療の世界では「関与しながらの観察」という有名な言葉があります。サリバンという高名な精神科医の言葉ですが、たとえ、いま、ここでは誰もが何もできなくても、みんながしっかりと連携して、誰かの目が常に注がれるなら、本人に何か変化があった時には、間髪入れずに対応できることを説いています。
認知症を巡る医療と介護の関係もまさにこの連携が大切です。ボクが普段見ていない生活の変化を介護職が知らせてくれ、その情報を大切に受け止めて次の医療に生かすこと、これで介護が医療にフィードバックする連携ができます。
来年度には介護も医療も保険点数が同時に変る大切な時に、今一度自分にも言い聞かせたいと思います。仕事を評価され、介護職が安心して自分の仕事が全うできるように、医者の側からもできる限り応援していきたいと思っています。介護職のみなさん、あなたのことをしっかりと見て、ボクはいつでもあなた達とともにあるョ。