ものわすれブログ

ゆれる気持ち(2)NY日系人会のこと

09/19/2017

 今年も9月15日がきました。かつての敬老の日です。2009年、当時、ニューヨーク総領事館の医務官をしていた関西医大精神科の吉田常孝先生のお招きをいただいて、当時のニューヨーク日系人会のみなさんにお会いすることができました。長い年月を日本から移り住んで、いつの間にか歳を重ね、高齢化の課題や認知症ケアが必要になった彼らのことを知り、同時に日本の介護保険の話や認知症の講演会などをさせていただきました。

 

NYは2001年にトレードセンターに飛行機が突っ込んだ忘れられないテロと、国連総会の時期の間のこの時期(日本の旧敬老の日)にシルバーウィークを開催され、ボクは何度か参加させていただきました。

 「さあ、この次も行くぞ、特に遠距離介護になっている日系人会のみなさんのお役に立てるように」と思っていた時に、妻の病状が悪化して全く外国に行くことができなくなったのが2013年の晩秋でした。

 妻の健康が保たれていればNYに在住する人たちが、日本で生活する年老いた親の介護のことを心配している場合、「ボクが相談に乗ってあげたいな」と思っていましたので、交流が続いていればボクのライフワークとして続けられたのに…、残念です。

 

 これまでも遠距離介護はずっと家族支援をしてきました。長崎のお母さんが老人保健施設におられ、そこへ月1回帰っている娘さん、ドイツ人と結婚してフランクフルトで生活している娘さんの大阪への介護帰省(お母さんが診療所の近くで独居)、国内でも北海道の東(道東と言います)に住む娘さんや沖縄の息子さんが大阪で一人暮らしをしている親の介護に行き来することなど、遠距離介護はボクの診療所があるような古くて街自体が歳を取った地域では日常茶飯事になっています。

 

 そのようにして25年間、遠距離介護をする家族といっしょにやってくると、あることに気づきました。それは家族が介護のために移動する距離が長いほど、周囲はそのことに感心し、「大変ですね~」と声をかけてくれます。ボクが担当したNY日系人会のみなさんも、折があれば日本に戻って介護ができる人もいました。

 しかし家族の在りようにはさまざまな形があります。遠距離介護をしている主介護者が必ずしも「ひとり介護者」ではない場合も多く、その人以外の家族が何らかの事情のために介護できない場合だってあります。

 

 先日、遠距離介護で父親を支える次男さんと、近くに住んでいても家族の事情で介護者になれない長女さんが同席して受診された日がありました。娘さんは「いつも私が介護できず、弟に迷惑をかけて・・・・・」と自分を責めた発言をされます。

 でも、家族の姿はさまざまです。「たとえご自身が直接に介護に参加できなくても、こうして弟さんといっしょに医療機関を受診し、母親のことを案じている気持ちが伝われば弟さんのこころの支えになる」とボクの気持ちを伝えました。

 介護に直接かかわれなくて自分を責めているひとは、そうして思いを馳せ、実際の介護をしてくれているきょうだいに感謝しているだけで、立派に介護に参加しているとボクは思います。

無理なく、それでいて弟さんが困った時のため、こころの支えになってあげてくださいね。

 

 妻の介護体制ができてボクが動けるようになった時には、NY日系人会のみなさん、必ずかならずニューヨークに飛んでいきますからね。(このホームページに日系人会で認知症講演させていただいた時の写真をUPしましたョ)

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