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ものわすれブログ

日々を生きる(10)Jアラート


 幼いころ、両親がよく言っていました。「私たちは戦争で悲惨な体験をしたから、お前たちの世代が徴兵されたりしないように、これからの社会を作っていかなあかん」そう言った父は歯科専門学校の学生の時に志願兵になった人でしたが、それは「国に対する忠誠」などからは程遠く、士官になれば食べるものには困らないという動機だったと聞いて育ちました。本音なのか照れ隠しにそう言ったのか、今となっては知る由もないのですが。

 母も極端な人で、「また戦争になりそうになれば、いち早くどこかの国に逃げる」と東京オリンピックのころに言っていた記憶があります。二人そろってファンキーな親でした。

 関西は予告なしのミサイルの飛翔時、対象とならなかったため、昨日はJアラート、スマホ警報はありませんでしたが、夕刻のテレビ放送を見てボクの友人、北海道の人々の上をミサイルが通過した時の映像を見ました。中には高齢者の入居施設が対応を協議している姿、街を歩く人々が「数分ではどうしようもないです」と困っている姿も。

 異国のことだと思っていた風景が、この国でも起きるのだと感じました。シリア内戦や旧ユーゴスラビアの時だって「対岸の火事」だと思ってきたのは何もヨーロッパ西側だけではなく、私たちにも責任があったと思いますが、テレビ画面から聞こえてくる、あの何とも形容しがたい、こころをかき乱すようなアラートの音を聞くと、「どうすれば良いのか」迷う事態が身近にも起きることを再確認しました。

 ボクは医師として認知症の人が生きていくことに寄り添い、自分の人生の場がそこにあると確信してきました。歯科医として摂食嚥下(せっしょくえんげ:ものを食べたり飲み込んだり)を通じて、彼らとの関係は34年になります。そうやってさまざまな人がさまざまな生き方をしながら、人生を送っているとき、それを一瞬にして「なかったこと」にしてしまうのが戦争なのだとも思いました。

 災害に目を向けても九州の甚大な被害や、ここ数日報じられているアメリカの惨状は、天災によって一瞬のうちに平和な生活が一変することを告げています。

 それでも、生きる。それでも日々を生きるということに意味があるのでしょうね。昨日のサイレンの警報を聞いてボクは一瞬ですが、「なぜこのような事態になるかもしれないのに、日々を一生懸命生きなければならないのか」という、とんでもない考えが頭の中を通り過ぎました。ほんの一瞬です、決してそのような考えにとらわれたのではありません。だけど、ボクはやっぱり精神的に弱いな~。

日々の努力を重ね、ひとのために働く介護職の人がテレビで一生懸命に語っていました。「こんな時に入居者さんをどうやって安全に導くか、みんなで検討します」

 そうだよね、こんな時だからこそ、自分が人生をかけてきたことに取り組み、こんな時だからこそ自分がなすべきことを日々のごとく、しっかりとやらなければ。

 今日は奈良県大和高田市の認知症フォーラムで講演させていただきます。大和高田市のみなさん、よろしくね~。


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