ものわすれブログ

日々を生きる(3)またも苫小牧

07/10/2017

 日曜日に日帰りでまた苫小牧の講演に行きました。勘違いしないでくださいね。特に苫小牧市と特別な関係があったわけではないのですが、これもご縁ですね。妻の介護が始まる前には泊りがけで講演に行けましたので釧路や和歌山県田辺市など、25年の精神科医を通じていくつもの地域と交流させていただきました。苫小牧市の認知症フォーラムの研修会で摂氏30度になろうかという暑さのなか、たくさんの市民のみなさまが来てくださって感謝!です。

 

 前にも書いたと思いますが、ボクには日々の臨床医としての役割、講演や大学院の講義、そして出版や論文の執筆という3つの役割があります。臨床の場を大学や研究機関にせず、町中の診療所で親の代から続く診療所に「ものわすれ外来」を作る道を選びましたので、何といっても本来の役目は日々の診療です。でもね、診察ばかりしていて(月~土まで)、診療の質が変わらないようにと自分一人で(代診の先生は置かず)やっていると、あふれてくるものがあります。

 

 それは経過の思わしくない患者さんの家族の嘆きに対する感情である場合も、すぐそこに迫っている夫との別れを覚悟を持って受け入れようとしている妻の決意への共感である場合も、見送った父親の遺産をめぐって、みな善意で介護したにもかかわらず、結局は遺産のことで係争することになったきょうだいの嘆きへの困惑であることも。

 医者をしていて、医療のみならず、その人を取り巻くあらゆることを考えた臨床が続きますが、そのような日々が続くとボクも疲れてきます。

 

 それを何とか保たせてくれているのが、各地から依頼される講演会の依頼です。医者になった翌年の平成5年にはじまり、今年11月に新大阪で開催される歯科衛生士会の講演で2100回を迎えます。行くのは疲れるかと思われるかもしれませんが、むしろ発散の場になっています。

 

 お話しできることには限りがあります。認知症の病気の理解、地域包括ケアのこと、高齢者虐待について、介護職のストレスケア、認知症と口腔ケア・・・、いずれも認知症をめぐる話と、そこに付随する人権擁護や社会的サポートなど、ボクの精神科医25年、歯科医34年の現場から得られた情報をみなさんと共有する講演です。

 

 そこに大きな面が加算されました。これまでにも妻の母親の介護を(京都の自宅で行う)介護家族として発言してきましたが、この3年は「妻の介護者」のボクが介護家族の目から見た地域ケアの大切さや家族の気持ちを話しています。

 「家族のことを衆目の前で話して、何という医者なのか」との批判覚悟のうえ、それでも今年は現時点(7月11日)で2106回まで47回の講演が決まっています。聴いてくれる人々とボクは同じ介護家族として気持ちを共有でき、同じ支援職としてお互いに燃え尽きそうになりながら、それでも誰かのためになる人生を生きようとすることをこころの支えすることもできます。

 

 遠方には行けなくなりました。妻の夕食までに戻らなければならなくなりましたが、それでもボクは求められる限り講演に行きつづけますョ、精神を解き放つ瞬間を求めて。

 

 朝日新聞デジタルアピタルのコラムも認知症の初期症状の話になってきました。これからも関心を持っていただけるテーマで書き続けます。

 

 

 

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