ものわすれブログ

診療にて(1)病気をわかりやすく説く

03/20/2017

 妻は元気そうに見えるのですが、いくつもうまくできないことが増えてきました。先日も「エアコンの自動掃除機能を止めたいけれど、自分ではできない」と言ってきました。「やれやれ」と思ってボクがやろうとすると、ボクにもどのように機械を操作するかがわかりません。お互いに歳を取ったものだと自虐的になりそうになって笑った時に、ふと、ある思いが頭に浮かんできました。

 「本当に優れた機械なら、誰が操作してもわかりやすく使えるはず。説明書などなくても誰にも使える機械が本当のハイテクではないか、と。

 

 それと同じ思いを常に考えながら日々の診療をしています。認知症という病気は簡単そうに見えて実は多彩な病状を示し、わかりにくい病気です。たとえば「物忘れ」の度合いだけを見れば少しずつ悪化していくさまがわかりますが、それに不安感や「やる気のなさ」など、精神面や行動の課題が重なると病状がきわめてわかりにくくなります。だからこそ説明は誰にとってもわかりやすくなされるべきでしょう。初めてボクの元を訪れて不安の中で診断や診療を待っている人に対して、「何語で話しているの?」と思われるような説明はありえないからです。

 精神科医になった時にはワクワクしました。当時はあまり多くの人が精神科医にはならなかった時代で、なんとなく精神科医っていう自分がとてつもなく「嬉しい~」って思ったこともありました。

 でもね、「あなたには変性性認知症による前頭葉機能低下が症候学的には認められますが、画像における器質的変化は標準偏差から考えると軽度で…」と言っている自分は、聞く人によっては「▼○×って、あなたは◆▽○●的です」って言っているのと同じではないかと思うんです。

 

 誰にでもわかる言葉で説明できて初めて、その言葉を発している人は、そのことをしっかりと理解していると思います。説明しているはずの側があやふやなイメージで「説明したつもり」になっていても、聞くほうが何もわからないという状況では、何ひとつ大切なことを伝えたことにはなりません。

 かつてボクを精神科医として育ててくれた先生に言われたことがあります。その先生は「話し上手な人は書き物が苦手、書き上手な人は話すのが苦手、と言っているうちは大した者になってないのだ」という持論を持っていて、人に話すときには上手に、また論文や書き物をする場合にも、読み手に「す~っと」入っていくような文章を書くこと、その両面が大切だと教えられました。その言葉を忠実に守り、これからもできる限り受診する人やその家族にわかりやすい説明を心掛けていきたいと思っています。

 

 不安の中で受診してくるみなさん、わからない言葉があれば遠慮せずに聞いてください。ボクのムシの居所が悪ければぶっきらぼうな一言で傷つけるかもしれませんが(笑)、あなたに何が起きているのか、どこの部分は「大丈夫」なのか、しっかりと理解してくださいね。

 

明日は12月に雪で着陸できなかった苫小牧の再度の講演です。

 

 

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