• 松本一生

ボクのこだわり、ふたたび(9)空港に戻ると


 昨日は久しぶりに北海道(恵庭市)の患者さんのご様子を診てきました。地域包括ケアの実践から考えると、かの地のドクターにバトンタッチしなければならないと思いつつ、いつの間にか何年も行き来することになっています。 普段、行けないには日々のグループホームでの様子も動画のやり取りでかなりのことがわかりますので、すごい時代になったものだと我ながら驚いています。この先、パソコンでの診療形態があたりまえのように展開するでしょうね。5Gの時代には「まるでそこにいるように」遠隔診療ができると思うと、どこかワクワクしますね。

 昨日の帰路の便は新千歳空港から関西空港へ行く便しか取れませんでした。「~しか、取れませんでした」と書いては関空に申し訳ないのですが、ボクの診療所が大阪市の北東部、自宅も京都にあるため、いつも北にある伊丹空港(今は国内線専用空港です)を使っています。子どもが小さい時には家族旅行を関西空港便で始めることもありましたが、今回は札幌から関西空港までいつもの伊丹なら1時間半のところ2時間、その後、京都に向かう特急「はるか」に乗って1時間15分かかりますので、腰が痛くなってしまいました。

 でもね、昨日わかったのですが、開港して25年も経つそうです。そういえば阪神淡路大震災や昨年の台風で橋が壊れて水につかったりしたにもかかわらず、空港は今でも古くなってはいません。メンテナンスをする人々の努力のたまものだと思いながら京都に戻りました。

 京都駅も同様です。ボクが子育ての最中に利用していたのは、まだ2階建ての旧駅舎でした。それが未来都市と見まがうような立派な駅に変わり、ずいぶんたくさんの思い出を作ってくれました。昨年の台風ではカラス屋根が壊れて落下しましたが、これまで長年にわたって「まるで新築」のように輝き続けてきた裏には、メンテナンスの人びとの努力の積み重ねがあるのだと改めて感激しました。これって人生といっしょですね。

 久しぶりに思い出のある場所に来ると、さまざまなことを思い出して、30年ほどの時がたったことを改めて感じさせられます。あっという間に過ぎた時間、その時間に少しずつ変わったこと、その中には自分の能力や可能性などの限界を感じることも含めて、これから先に何ができるのか、ボクも今後の人生のことを考え、もう一度考えるべき時に来たのだと思います。

 どこまでも走っていくことはできないけれど、若い時からいつも思い続けてきました。「決して大きなことはできなくても、ほんの少し、今日は一歩前に進んだ。次の日には元に戻ったりかえって後退することがあっても、少しずつ前に進んでいく自分をイメージし続けたい」とね。

 これ以上進むことができず退却する日々を迎えても、その退却が敗北感に打ちひしがれたものではなく、その時をしっかりと見定めたうえでの退却、後退であるように。どこまでも自分を見限ることがない人生を送っていきたいですよね。


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