• 松本一生

新しい試み(6)臨床研究・別れのメッセージ


 今朝、診療所にある3段ほどの階段でズッコケました。蹴つまづいたという方が適切かも。誰にもあることなのかもしれませんが、自分の中では「こんなところでつまづいて倒れることなどなかったのに、歳をとったのかな」という思いです。そんなことを考えると若かった時とは少し異なり、5月25~26日に国立京都会館で開かれる第20回日本認知症ケア学会の一般演題に応募し、発表させてもらえるのはボクにとって、「新しい一歩、ふたたび」って感じで、良かったな~、と思います。一般演題の発表は26日(日)の午後、久しぶりに萌え(燃えではなく)ます!

 学会ができて20年、若かったみんなもそれなりに歳をとり、認知症という病気に対する社会の理解は少しずつではあっても進んできた感じがします。国も70歳以上の認知症を6年間で6%減らすという数値目標を掲げて、国を挙げて予防や共生を進めてくれるようですね。ボクは精神科医として「ふたたび」これまで35歳ごろから取り続けてきた臨床での研究データを日々、とることにしました。データと言っても外来診療、それも妻の介護者として早々と診療を切り上げてしまう医者に、そのような臨床面での研究ができるのかどうか、ちょっと心配していたのですが、歳を感じる分だけ、研究は続けましょうね。この夏で父を突然見送ってから28年が経過します。その時からあわただしく臨床をはじめ、それによって得られた(患者さんの人権や個人情報を守りながら)情報を、まとめ始める時期なのでしょう。

 この春から初夏にかけてたくさんの、それも長年にわたって来院してくださった患者さんとの別れがありました。前にも書いたとおもいますが、うちの診療所に一度通院を始められると、平均して10年、来院されます。今年はその中でもひときわ長いおつきあいがあった人が何人も亡くなりました。

 ある患者さんはこの春に「先生とはもう20年になるね~、これからもよろしく」と言って帰られたのを最後に自宅で亡くなっていました。独居生活を30年以上続け、病気と向き合いながらも決してそのために人生を「投げ出して」しまうことなく、向き合い続けた人たちとの出会いがあったからこそ、ボクはこれほど根性のない(覚悟もない)医者であっても、医療の世界に居続けられたのだと思います。

 そう考えると「これからも続けるぞ」と言っているボクの研究データなるものは、決してボクが研究者魂を持っているからではなくて、長い付き合いの患者さんから「先生、ヘタレたらあかんで~」とメッセージを送られ続けたものの集大成(患者さんの代弁)です。自分の研究ではなく、うちの診療所を通り過ぎていった多くの患者さんたちが発する言葉を託されたと思って、「ふたたび」これからも臨床研究を続けて行こうと思います。


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