• 松本一生

新しい試み(2)修復に向けた連帯


 平成28年4月14日、16日の熊本地震から3年が過ぎました。それまでの地震の時とは異なり、妻の介護のために大阪を離れられなかったボクは、パソコンで熊本県庁やみつぐまち診療所の先生と連絡しながら、できる限りの情報を提供した懐かしい思い出があります。

 あれから気が遠くなるほど繰り返された余震の恐怖に耐えながら、町の復興を遂げてきた熊本の皆さんは、私たちの誇りです。

 そんな時、パリのノートルダム大聖堂が大火災になりました。ショックで言葉がありません。東日本大震災のときに私たちに祈りをささげてくれた聖堂の尖塔が焼け落ちました。

 熊本城が大変な被害を受けたとき、私たちは「もう、決してあの美しい城を見ることはできない」と思いました。しかし、最近目にする映像からは、しっかりと修復が進んでいくことが見て取れます。あまりにショックで思うことができなくても、しっかりした意志があればノートルダムも何十年かかけて修復ができる可能性もあるはず。それはフランスの人々だけではなく、人類みんなが行うべき修復になるでしょう。

 バルセロナのサクラダファミリアも「いったい、完成する日なんかあるんだろうか」と思っていたものが、世界中の人の力で完成する日を待つことができるようになりました。ノートルダムが戻るまでたとえ週十年かかったとしても、その年月は「時間をかけるに値する人類の時間」です。空爆でがれきとなったワルシャワが昔の写真のように戻されたのも人々の力、100年は草木も生えないといわれた広島と長崎が、こうしてしっかりと世界の中で「生きている」と主張し続けていることも、人間が持つ可能性と努力の賜物です。911だって福島だって絶望は僕らを支配しつくしません。

 夜になって少し落ち着いてきたときに、認知症や筋萎縮性側索硬化症などの難しい病気に対するときの私たちの気持ちと、絶望に思える状況でも諦めずにやっていく私たちの気持ちには、たくさんの共通性があるのではないかと思えるようになりました。難しい病気や絶望に打ちひしがれたとき、強制収容所にいた人々の中には夕陽を見て「なんとこの世界は素晴らしいのだろう」ということができた人がいたことを思い出しました。先日のイスラムへの攻撃への支援と並び、「世界が連帯する時を迎えた。」、そんな気がします。

 パリの復興に向けて歩み始める日々に、ボクも新しい試みをやってみます。人間には希望の光を灯し続けることができるのだと確信できるために。


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