• 松本一生

特別メッセージ:生きる役割を演じきる


 前回、今年度最後のブログですわ、と書いたけれど、本当に年度末になって書いておかなければならないことができました。

 昨年の夏の終わりから秋にかけて体調を崩し(介護者や支援職の人にも自律神経を崩しやすかった人が多かったと思います。それほど低気圧や気温の変化が激しかったからですが)、ボクもちょっと疲れていたからかもしれません。新患者さんの診察数を少しでも増やし、初診までに待ってもらう時間を少なくしようとして、よせばいいのに体がきつい時期に新患さんの予約を増やし、大変なケースが増えたことも一因だったかも。年度末に近づくにつれて、体の疲れが取れなくなると同時に「こんなことを毎日やっていて、人生に意味があるのかな」などと、とんでもないことがボクの頭をよぎるようになりました。

 先日、そのことをぽつりと介護職の仲間に漏らしてしまいました。それを聞いた彼女は「そ、そんなこと言ってはいけません。先生を必要としている人もたくさんおられます」との一言。ボクがそんなことを言うとは思わなかったんでしょうね。多くの人が待ってくれているな~とは思う一方で「あ~しんど(疲れたび~)」とも思っていました。

 昨日のことです。長年にわたって認知症になったおかあさんと、それを介護するお父さんを見守り続けてきた息子さんが診療所に来てくれました。当初は自らの認知症を認めなかった女性が少しずつ自分の症状を認め始めるまでに数年がかかりましたが、その間に体調を崩したのは介護者である夫の方でした。介護が始ま手から何年か経過したころ、夫の腎不全が悪くなり透析をしながらの介護が続きました。

 その介護生活が先月終わりました。彼女が施設で天寿を全うしたことを息子さんが報告に来てくれたのです。夫の透析は続いていますが、今のところ落ち着いています。その息子さんはボクに診察のお礼を言うために来てくれたと思ったのですが、それよりも本当に伝えてくれたのはこの診療所に家族そろってやって来た日々のなつかしさでした。時には喧嘩しながらも一緒にやって来た時間は、家族にとってかけがいのない時間だったのでしょう。その思い出に涙した彼にとって、あの時間こそ何にも代えがたい「家族」の時間でした。

 あらためて「認知症の診療」という行為は、決して「完全に治療できないとしても、より良い経過を願う家族が、各自の大切な時間を調整しながら診療に来てくれる行為自体にも大きな意味があることに気づかされました。息子さんにとってその時間こそが家族の大切な時であったから、彼はその日々を思い返して泣いてくれたのだと思います。決して再び出合うことがない貴重な時間を家族とともに来院した彼の思いは、ボクがかつてないほどの痛みをこらえながら足を引きずり散歩する父といっしょに商店街を歩いた時の記憶につながりました。

 その一瞬の思い出のためにボクの診療やこの診療所があるのかもしれません。妻の母が7年間、その生活を見てもらった施設や介護職への感謝をボクらが決して忘れないように、人のために何かをする役割の人間はみな、「自分が生きる役割を演じ切ること」を人生や認知症の人の家族から求められています。


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