• 松本一生

ボクのこだわり(6)こだわって風呂磨き


 妻には、決まった時間にきまったことをしなければパニックになるという、介護者のボクにとっては大変な「こだわり」があります。

 そのため朝は5時に起きてその日の妻の昼食の焼き魚をつくり、朝食。診療が終われば買い出し(娘も息子も診療所スタッフも助けてくれますが)、夕食は5時半から6時まで。午後8時30分には入浴のために湯船にお湯を入れること、これが1日の「マスト」で、この時間配分の中で診察、往診、講演、(学会の)会合などをこなしています。誰が見ても「そんなことぐらい本人が自分でできるだろう」と思うことのように見えますが、妻は自ら実行することができません。

 先日、毎日つづく風呂のお湯張りをしていて、あることに気づきました。うちの診療所は1981年に5階建ての部分が完成し、その上階が妻の介護場なのですが、父が思いを込めて作ったタイル風呂があります。ユニットバスに入れ替えたいのですが、ボクには父が糖尿からヘルペス(帯状疱疹)になり、その後、左足の坐骨神経が痛んで歩きにくくなった時に付けた手スリの思い出や、母ががんの末期に「明日は入院日」という日に、長年勤めてくれた女性スタッフが何人も手伝ってくれて、母の最期のシャンプーをした思い出があって、なかなか作り替えることができない風呂場なのです。

 風呂オケもざらざらになり、「さすがにホーローも35年たつとだめだな」と思いながら、妻の入浴に合わせてお湯を入れながら、ふと、娘が買ってきてくれたブラシで風呂をこすってみたところ、それまでは元から傷んでいたように見えた風呂おけの下から、つるつるしたホーローの面が見える部分が出てきました。

 これまでこちらが勝手に「もう傷んだ」と思っていたのに、下のホーローは保たれていて、その上に硬くこびりついていた石灰のような被膜を削ると、もとの表面が見えてくるなんて…。

 これまで人任せにしてきた風呂掃除ではっとさせられ、これからはしっかり風呂掃除をすることにします。

 人の脳細胞もこれと同じならいいのにな。

 本当は認知症の人の脳細胞は血管が詰まって働かなくなることや脳細胞自体が萎縮する(縮む)よりも、単に脳細胞の周りに風呂桶のように硬い石のような膜がこびりついてしまっただけで、ごしごしと擦り取ればもとのつるつるとした面が出てくるのなら、そのような治療法を考えられるのに、と思いました。

 脳細胞は無理でも、認知症の人が持つ力はどうでしょうか。ボクはこの26年の臨床の中で、まるで風呂桶の場合と同じように、本当はまだ持っている力があるにもかかわらず認知症のさまざまな症状がその人の能力を包み隠す硬い膜のようになって、外から見るとその人に力がないように見えることに遭遇してきました。

 そんな時、焦らずゆっくりと、そして常にかかわることによって、驚くほどの能力が垣間見られることがあります。その人の力が急激になくなっていくことを遅くすることができれば、認知症になった後でも、その人は落ち着いた穏やかな日々を送り、結果的には認知症が悪化するスピードを減じることができると確信したのは、時にこのような「光」を見る経験があるからです。

 さあ、午後8時30分です。お湯を入れながら今日も風呂桶をこすってみよう。こんなふうに明日もその人が残している大切な力を見つけられる診療ができますように。


0回の閲覧