2017年4月から朝日新聞デジタル版・アピタルで

「認知症と生きるには」というコラムを執筆中です。

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

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ゆれる気持ち(8)歯科への思い

昭和50年の事でした。高校生活を終え、大阪と京都の間に教養科がある大阪歯科大学に入学しました。ちょうどベトナム戦争が終焉を迎えるころ、「これからどんな世界が待っているのか」と期待半分、不安いっぱいで大学生活が始まりました。まさかこの先、6年で卒業するはずの歯科大学を、2回休学(腎臓を病んで:留年です)で8年かかり、関西医大に再入学するために1年浪人生活を送り…、苦難と挫折のとんでもない将来が待っていることなど考えもしませんでしたが…。 歯科医になるためには6年生の時に1年間の歯科大学病院での実習が必要でした。各科をまわりながら考えたのですが、ボクは歯科医として歯を削るのがきわめて下手でした。「技術は努力で」とは思いましたが、到底自分に向いているとは思えません。口腔外科といって口の中にできたがんや骨折を治す専門家になる道もありましたが、歯を削るのが不得意なボクが手術に向いているはずもありません。 そのうちに自分には2つの道があると感じるようになりました。 ひとつは口腔(こうくう)心身症、もう一つは摂食嚥下、この2つの領域です。口腔とは口の中やその領域を指す言葉ですが、そこにいろいろな(ストレスやメンタル領域の)課題が出てきます。「いつまでたっても口の中が痛い」と訴える患者さんをいくら診察しても悪いところが見つからないのに症状が続き、自分ではストレスと気づかずに、そのストレスからいろいろな症状を訴えて検査をしても体には何も変化がない…、そのような口腔心身症の治療はボクを夢中にさせてくれましたが、35年前のことです。あまり一般的ではありませんでした。 もうひとつは「寝たきり」や「認知

ゆれる気持ち(7)雨に負けても風邪には・・

雨にも負けて風邪(風ではなく)にも負けて…、宮沢賢治を愛するみなさん、茶化したようなことを書いて許してください。ボクは賢治の大ファンです。数年前に花巻の講演に呼ばれたときに、空港で賢治の「雨ニモマケズ」の手帳のメモの完全な複製コピーを買ってきて、今も診療室に置くほど好きです。雨にも負けず、病に困った人がいれば飛んでいく自分を目指し・・・・。 だけど、生身のボクは弱いです。根性も体力もなく弱い。風邪に弱くてしょっちゅう休診にしてしまいます。そんな自分が嫌でもあり、自分の役割を全うしていないことに苛立ちを覚えながら、それでも25年の臨床が過ぎました。 その自分が今一度、何者なのか、何をしたいのか、問われたのが2014年の夏、妻の介護を始めた時でした。それまで一心に論文を書き、学会発表をすることで、認知症の介護家族の立場に立った研究者になろうとしてきた自分が妻の介護をすることになった時、最も僕を支えてくれたのが介護職の存在でした。 誰にも相談できず日々の生活を送ることになったボクは、自分のこの先の人生を呪い、なぜ、こんなことになったのかと人生を否定的に見るしかなかった時期があります。それを今日まで支えてくれたのが仲間の存在でした。医師という「治したい」自分が、それでも治らない妻の現状と向き合ったときの徒労感、しかし介護職が寄り添ってくれたおかげで、日々を「何とか過ごすこと」ができたこの3年を振り返ると、日々の介護を支援してくれる人々の存在こそ、絶望の淵にある介護者(すなわち、ボク)への光であることを実感しました。 そんな介護職が、自分の日々に自信をなくしているなら、ボクはいつでもその