2017年4月から朝日新聞デジタル版・アピタルで

「認知症と生きるには」というコラムを執筆中です。

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

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診療にて(5)思い出すこと

毎年のように日々は巡り、今年も5月の連休を目前にする日々がやってきました。ボクには家族の誕生日や亡くなった日など「忘れがたい日々」がありますが、この精神科医としての生活を通して忘れられない日が2日、あります。ひとつはパーソナリティ障害の娘さんが長年にわたり診療に来られていて、ある日、この世と決別して高層マンションから飛び降りて亡くなった8月4日、そして妻を介護していた山田良夫さん(仮名:当時66歳)が亡くなった5月5日です。 彼のことは拙著、「介護のこころが虐待に向かうとき(ワールドプランニング)」で最終章に書かせていただきました。脳血管障害の後遺症から認知症を発症した妻長年にわたり介護してきた山田さんは私が時に呼ばれて講演をする中部地方の介護施設にあるデイサービスの送迎運転手をしていました。 送迎の際に高齢者が転ばぬように、しかもケアされていることを気兼ねしない程度に寄りそう彼の姿に感激しました。高齢者のこころが全てわかるのではないかと思うほどに、細かなところまで気が付く彼の振る舞いに感動した私は、講演会に招かれたある日、山田さんとデイサービス室にいました。私の講演会までの控室にしてくれたその部屋で、何気なく彼に私はいつも思っていることを伝えたかったのです。 「山田さん、いつも笑顔で本人主体のケアをして、ボクが横から見ていても気持ちが良いですよ」と告げたときに、彼の顔が歪んで次のように言い始めました。 「先生、ここの人たちの喜ぶ顔があれば、私は許されるでしょうかね。私ね、妻の介護をしていたんです。いろいろと苦労を掛けた妻が脳出血で倒れたのが7年前です。55歳でした。救急で搬送

診療にて(4)自分の態度を後悔する

歯科医になった時にも医師になった時にもケアマネジャーの試験に合格した時も、そして大学の教員になった時も、「ボクはこんな自分で良いのかな」という思いがありました。自信がないのとは異なる気持ちで、「こんな自分が人の支援をしても良いのかな」という気持ちです。とくに精神科医として認知症の人や家族に向かうとき、ボクの一言が、この先、この人々の道を決めていくと思うと、責任とやりがいを感じる一方で、ことの重さをひしひしと感じます。 よく医療機関が「あなたが患者さんとして決めてください。でなければご家族が」と言って、何も意見を言わなくなってしまった時代だと言われるようになりました。○○病院で手術の承諾書を書き、その前に説明を受けたけれど、最後の決定は本人や家族がした、という場面が増えてきたように思います。 確かにひと昔前には(一部ではありますが)医師が「何も言わずに任せておけばよい」と言って、本人や家族の意見を聞くことなく、手術や治療を決め、それに従わなければならなかったころ、当事者や家族の気持ちは尊重されなかったこともありました。「任せておけ!」と有無を言わさない様子で家父長的にものごとを決めてしまうことをパターナリズム(家父長主義)と言います。ボクは関西医大の医局に入局させてもらってからず~っと、この家父長主義ではなく、患者さんとなったその人や家族が納得いくまで説明して、その次に自ら主体性をもって「どうしたいのか、何が希望なのか」を聞くトレーニングを先輩方から学ぶことができました。手前びいきに聞こえると恥ずかしいのですが、入局した当時の関西医大にはそういった大切な雰囲気が漂っていて、その先

診療にて(3)介護を生き抜く人と生きる

新しい年度が始まった今月(2017年4月)26日から29日まで国立京都国際会館(左京区宝ヶ池)で国際アルツハイマー病協会(ADI)の京都会議が開催されます。2004年にも日本で初めての会議が開かれ、4000人もの参加者が集いました。当時、ボクは認知症の人と家族の会の理事になる直前でシンポジウムを担当させてもらい、多くの介護者と出会いました。 「いよいよ国際会議だな」と思いながら、ふと、ある男性介護者との出会いがよみがえってきました。アルツハイマー型認知症の妻の介護者であるその人は、国際会議に一人で参加していました。「妻はデイサービスに見てもらい、参加することができました」と彼が言っていたのを思い出します。その時には何の気なしに聞きましたが、後になって彼が妻をデイサービスにゆだねるのに大きな決意が必要だったと知りました。 「あ、それは○○さん良かったですね。あなたが自分の人生を生きて、奥さんのケアもプロに任せて十分に国際会議の場で交流を深めてくださいね」と言ったことを思い出し、無責任な思い付き発言だったと思います。 公益社団法人「認知症の人と家族の会」は日本を代表する団体として、この国で唯一、日本アルツハイマー病協会として国際的に認められた組織です。ボクはこの会議の後、常任理事となって深くかかわることになるのですが、あの時の発言を思い出すと、自分の言葉の「深みのなさ」を猛省しています。 介護保険が施行されて17年たちました。介護の社会化が叫ばれ、介護家族だけが介護負担を担わなくてもよいように保険は作られました。しかし介護支援には時期があり、誰かの力を借りるにはちょっとしたタイミン