これからも(2)45年目の学舎

今回の台風被害にあわれた多くのみなさまに、こころからの共感を示したいと思います。 うちの診療所も2012年夏の大雨で屋上が浸水し、「水の被害」がいかに大きいかを経験しましたが、今回の水害の被害は、うちの診療所とは桁外れに負担が大きい泥水被害ですからご心痛も甚大だと思います。一日も早くこころが、日々の生活が安堵できることをお祈り申し上げます。 いつも書いていることですが、ボクの仕事は臨床医+大学教員+執筆ですが、今回のテーマは大学教員としての講義についてです。 ここ数年は大阪市立大学大学院、大阪府立大学大学院で院生の講義を担当してきましたが、今年は母校である大阪歯科大学の4年制大学(医療保健学部)の学部生への講義を引き受けました。ボクの大事な研究項目の一つに「嚥下」、「口腔ケア」があり、いかに認知症の人にとって口腔領域が大切かを説く講義を、歯科衛生士、歯科技工士を目指す学生さんたちに伝えるべく「歯科心身医学」の担当を(今年1年だけですが)お引き受けしました。 その医療保健学部は、かつて父も妻も学んだ大阪歯科大学の牧野学舎にあります。歯学部は樟葉(くずは)という駅に移りましたので、牧野学舎は通っていたころから42年ぶりに足を踏み入れました。 学舎の旧館は確か昭和の初めに建てられたもので、正門をくぐって街路樹、石畳を抜けていくと堂々とした建物が迎えてくれます。「懐かしいなあ」という気持ちと共に、もし、当時、歯科心身医学の講義があり、口腔領域でもメンタル系の勉強ができる環境があったなら、ボクはその後、医学部に行きなおして精神医学を学ぶことはなかった、と思います。自分の今はそのような時代

これからも(1)妻を介護する彼との別れ

今日は台風の接近のために診療所は臨時休診にしました。昨年(2018年)の台風21号を甘く見て関西空港にかかる橋にタンカーが激突しているころ(妻を実家である大阪の診療所の上階で介護していて)、建物が建造40年にして揺れる恐怖を体験し、京都に逃げ帰ってきました。その京都でブログを書いています。 先日、長くお付き合いさせていただいた友人、いやボクの恩人である、「認知症の妻を介護する夫」が静かに旅立っていきました。ボクはその人の娘さんの知り合い(ある心理系の学会での友人)でしたので、彼女から「母の物忘れの相談に乗ってほしい」と言われた時に迷わず協力させていただきました。 その翌年にボクの妻が体調を崩し、こちらから往診に行くことができなくなっても、ご両親は 大阪の診療所まで来てくれました。しっかりとした側面がありながらも、認知症の影響でうまく状況判断がしにくくなっている妻を、見事にフォローする夫の姿に感心しながら診療が続きました。 しかし「男性介護者」は、つい無理を重ねて自らの体調を崩しやすいことは、この5月の京都での日本認知症ケア学会でも発表したように、彼も体調を崩しました。心臓のバイパスが必要になったのです。でも介護しながら自分の体調とも向き合う彼の姿を見て、いつもボクは勇気をもらうことができました。ただ単なる「がんばり」ではなく、ケアを受ける妻の気持ちを考え、自尊感情を損なうことなく生活し、遠くに離れて生活している娘さん、息子さんの好意を受けながらも、夫婦二人で生活している彼の姿から、ボクは彼から受けるメッセージによって自分が支えられていることを実感しました。 バイパスが成功した数