仲間として(8)認知症を認めない「仲間」に

以前から「先生は精神科医になっていろいろな方面の専門を選べたと思いますが、どうして認知症や老年精神医学を専攻したのですか」、「若い人を対象としたメンタル領域ではなく、わざわざ(その当時には)主流ではない認知症をやるのですか」と聞かれ続けてきました。 先日の同窓会でもボクが認知症の専門医としてやっていることを知った、かつての同級生から「何とまあ、医者としてやりがいのない領域を続けてきて、尊敬しますわ」と皮肉か称賛かわからないようなことを言われたばかりでしたが…。 診療でお会いした90代後半のお母さんと息子さんがいます。お母さんは一人で生活して20年以上経過し、息子さんは遠方で結婚して生活してきましたが、母親の認知症をきっかけに月1回の帰郷を続けてきました。その期間は5年に及ぼうとしています。 今日の診察で息子さんは母親の反応がここ2か月ほどの間に、なんとなくぼんやりしていることに気づき、心配しています。ボクも担当医としてこの酷暑を乗り越えたとはいえ、高齢の女性が認知症と向き合いながら独居を続けている状況を座視することはできず、息子さんとともに何とか打開策はないかと思い続けてきました。 しかしお母さんにはゆるぎない決意があります。「私は遠方で結婚生活を続けている息子に迷惑をかけたくない」との思いです。これまで何回も何回も説得を試みました。何とか息子さんの申し出を受け入れて、彼女が安泰な生活を送れますように。ボクは願い続けてきました。 しかし彼女の意志は固く、息子さんとボクの説得には応じてくれません。「私は頭が衰えてきたと息子に言われても、自分の信念を変えることはありません。夫を亡く